発起人総会を振り返る
早いもので、Spirit of SHINISE協会も2009年8月31日の発起人総会、9月4日の設立登記から6年余りが経過いたしました。これもひとえに老舗精神という哲学とその実践に対する会員の皆様のご理解と協賛のおかげと心より感謝申し上げます。
設立時12名いた発起人・理事メンバーはこの6年余りで半数が退任し、設立時を知るものは6名だけとなりました。ここで改めて設立時の状況を振り返り、どのようにして本協会が立ち上がったかについての知識をメンバー間で共有し、お互いに初心を忘れないようにすることはとても大切なことだと考えます。
2009年3月27日、リーマンショック後のまだ薄ら寒い日に、矢内さんが私を訪ねてきました。矢内さんとは、彼が設立者の一人である日本取締役協会で知り合いました。彼はこのようなことを私に話してくれました。
「企業のあり方について、1990年頃からアメリカ企業をモデルに私が進めてきた経営のベクトル――執行と監督の分離、独立取締役、三委員会制度、その前提となる株主利益絶対主義――は完全に間違っていたと、15年かけて自覚するに至りました。」
「そんな予感があったせいか、数年前から日本に固有の企業システムである老舗について研究していたところ心躍りました。昨今の厳しい状況を打ち砕くべく、経営者仲間を集めて老舗を老舗たらしめている老舗精神を軸とした経営者の会を作りたい。ついては、会の立ち上げをご指導していただけませんか。」
私はといえば、「昨年のリーマンショックは、単にウォール街の金融市場が破綻したわけではない。本来人間の心身の向上に資するための手段である筈の金儲けがマネーゲームのプレーヤー達によって金儲け自体が目的になってしまったことによる危機である。社会が心身の健康を取り戻すためには企業が健全でなければならない。社会のなかでこれだけ企業の占める役割と責任が大きくなれば、おのずと企業は社会のために存在する理由を身につけなければならない。その先駆者として、日本の老舗に着目するのはまことに理にかなっている。」
私は日本ビルヂング協会の役員をしていたので全国の旦那衆のことはよく知っていて、反面、老舗の良くない点もそれなりに見えていたつもりです。老舗のスピリットということであれば、もう一歩先へ進めるかもしれないと思い、「老舗スピリットに意味があり、あなたが賛同者を集めて新しい老舗の会に社会的意義を見出せるなら、その時にまた考えよう。」と、応えたように記憶しています。
ゴールデンウイーク後の暖かな5月8日、「発起人の目途がつきそうです。」と、矢内さんから連絡がありました。全員で12名となる発起人が一堂に会し、老舗スピリットについて何度も議論した結果、ついに2009年8月31日(月)、箱崎のロイヤルパークホテルで、発起人総会を開催するに至りました。
代表発起人には、私と矢内さんの2名が名を連ね、10名の発起人には、永谷園の永谷会長、ディスコの溝呂木会長、プロネクサスの上野会長、オークネットの藤崎社長、すでに退任または退会された発起人には、江間忠の江間会長、宇部興産の田村会長、パルコの伊東会長、良品計画の松井会長、オンワード樫山の馬場副社長、メイテックの西本社長がいました。
本協会のはじまりの歴史のなかで、設立当時の状況を知る人も少なくなってまいりました。この誕生譚により、本協会がいかに生れたか、なぜ老舗精神なのかを新しく会員になられた皆様に知ってもらい、初心に戻って往くべき道を考える術の一つとしてもらえればありがたいと思います。
老舗精神が老舗をつくる
この会の誕生の経緯は先に述べたとおりですが、誕生から今日に至るまで議論し、思考してきた本協会の基本原理、哲学についてお話したいと思います。
本協会は、上場企業/非上場企業、オーナー企業/非オーナー企業、創業者企業/非創業者企業、長寿企業/非長寿企業、大企業/中堅企業の区別なく、「老舗スピリットへの共感」という一点で結びついた会だと考えています。
しかし区別はなくとも、それぞれのカテゴリーでは企業の風土、経営の文化、企業承継の方法、経営トップの役割など、千差万別といってよいほど大小の違いが見られます。これは当然のことで、特に「オーナー・創業者系」と「非オーナー・非創業者系」の間で、その違いは歴然としています。
所謂老舗の会といえば、創業100年以上や200年以上、さらに300年以上の企業の集まりと思われがちです。実際、そのような老舗の会は実在します。そこに加盟する長寿企業の多くは、業種は違えども「非上場」「オーナー・創業者系」「中堅企業」という属性を備えています。“形式が中身を規定する”ことはおよそ世の習いですから、これらの属性は老舗の形式要件であると認めてもよいでしょう。
しかしながら、本協会の基本原理は“中身が形式を規定する”といえます。具体的にいえば「老舗精神が老舗をつくる」という哲学から成り立っています。本協会の入会資格として老舗の形式要件を一切含めていないのは、その哲学の表明です。
むろん因果律からすれば、老舗がなければ老舗精神は生れてきませんが、果して、老舗として立派に成長し、時代を経るにつれて磨かれながら生き残る“第一原因”は何でしょうか。
本協会の目的は「老舗精神が老舗をつくる」という哲学をさまざまな手段と方法によって明らかにし、実践していくことに他なりません。多種多様なカテゴリーの企業と経営者が、ウォール街的価値観の企業システムではなく、老舗的価値観の企業システムを創造していくプロセスだと考えます。
本協会に集った老舗の面々、新しい老舗となるべく集った面々――これが本協会のメンバーです。今日まで続く老舗スピリットの火を絶やさないこと、新しい老舗にスピリットの火を点けること――これが本協会の存在理由だと信じます。
2015年11月
一般社団法人Spirit of SHINISE協会
代表理事会長 福澤 武